No.37 駿河屋彦八

『游相日記』(稀書複製会 複製)(あつぎ郷土博物館蔵)侠客彦八挿絵
駿河屋彦八(1774-1856)は、江戸時代後期の酒井村の村長です。天保2年(1831)9月、渡辺崋山が門人の高木梧庵(1808-1862)を伴って厚木宿の万年屋に宿泊した際に、その噂を聞いて崋山に会いに来た人物で、崋山の記した『游相日記』にはキセルを持った姿の似顔絵まで描かれています。よほど印象的だったと思われます。
『游相日記』の中には、彦八との交流が書かれています。彦八が宿に来ると、その場にいた人々は頭を床につけて挨拶をしています。厚木の侠客であり、酒井村やその周辺で揉め事等があった際に仲裁などをした地域の顔役のような存在であったようです。以前、酒井村を治めていた領主が不正をしたところ徹底的に争い、遂に公裁に持ち込み酒井村を幕府の直轄領とし、酒井村の村長になったと書かれています。また、彦八は、烏山藩の殿様に対して「慈悲の心がなく、税金を課してくる。殿様を取り換えればいい」と言い崋山を驚かせています。
彦八は、他にも和歌の歌人としての面もあったようで、歌集『類題新竹集』(慶応3年(1867)、猿渡容盛編)に「秀一」という名で歌が収められています。 岡田の長徳寺には、墓石はありませんが、過去帳に享年82歳であったと記録されています。
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更新日:2025年05月03日