No.67 中村雨紅

中村雨紅写真 (あつぎ郷土博物館所蔵のポジフィルムをAIにより着彩したもの)
中村雨紅、本名・高井宮吉は、明治30年(1897)東京府南多摩郡恩方村(現八王子市)の宮尾神社に生まれました。父は修験で神官の高井丹吾、豊かな自然の中で母シキの愛情を一身に受けて育ったようです。
学業優秀であった雨紅は東京の青山師範学校に進み、日暮里の小学校に赴任。児童数は多く学校はパンク寸前、恵まれた学習環境ではなかったようで、雨紅は情操教育や文学活動に傾斜。またこの頃叔母の嫁ぎ先の養子となって中村姓を継ぎますが、後に解消しています。
熱心に童話童謡運動に取り組み雑誌の発刊なども行っていた雨紅でしたが、時世の影響もあってか活動の場を東京から厚木に移し、昭和2年(1927)、雨紅30歳の年に県立実科高等女学校(のちの県立厚木東高等学校、現県立王子高等学校)の教壇に立ちます。 以来45年、人生の後半を厚木に暮らした雨紅。不朽の名作「夕焼け小焼け」の作詞者として有名ですが、厚木では本名で通し作家活動は行っていません。
昭和47年(1972)、葬儀の日には県立東高ブラスバンド部、厚木市民吹奏楽団、厚木東高校コーラス部、厚木市ママさんコーラスなどによる歌声に送られ斎場に向った雨紅。厚木市市民に広く愛された「夕焼け小焼け」、雨紅の歌碑は市内七沢温泉元湯玉川館の庭に宿の主人によって建てられています。
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更新日:2025年06月07日